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札幌家庭裁判所岩見沢支部 昭和44年(少ハ)2号 決定 1969年5月21日

本人 J・T(昭二四・五・五生)

主文

J・Tの本件収容を継続しない。

理由

本件申請の要旨は、J・Tは昭和四三年五月一五日当裁判所において戻収容決定を受け、同月二一日千歳少年院に収容され昭和四四年五月四日その収容期間が満了するものであるが、一一か月余に及ぶ在院期間中六回の反則行為を繰返し滞級や降級になり、そのため処遇段階が未だ二級上にとどまつている等性格行動面に依然問題があつて同人の犯罪的傾向は未だ充分に矯正されているとはいえず、また、同人は暴力組織への親和性が強く現に暴力団○○屋の組員であり現在その組織から絶縁させるべく調整中であるから、前記収容期間をもつて退院させることは不適当であり、さらに同年九月三〇日まで本件収容を継続して矯正教育を施す必要がある、というのである。

よつて按ずるに、収容継続決定は少年院法一一条四項、二項を根拠になされるものであるが、同項は同条一項を引継いだ規定であるから、該決定の対象者は同条一項にいわれる「在院者」でなければならない。そこで本件のように、現に少年院内にあつて矯正教育を受けてはいるが、犯罪者予防更生法四三条一項の戻収容決定により施設に収容された者もまた上記「在院者」に含まれるか否かが問題となる。この点に関しては実務において見解の分れるところであるが当裁判所は次のように考える。即ち、少年院法一一条一項は、少年法二四条一項三号の少年院送致決定が収容期間を定めずに言渡されることにかんがみ、かかる決定を受けた少年につき一律にその収容期間の最高限度のみを規定し、その枠内で個々の事案における院内収容の期間を矯正教育の成果に則して定めるべく執行機関に判断を委ねているのである。しかし具体的事案によつては少年院法一一条一項の期間内では充分に矯正教育の実を挙げえない場合が生ずることが予測されるので、保護目的の達成を図るとの見地から、同条二項、四項を設け、施設収容の契機となつた非行とは別個に、矯正教育実施の過程に着目して判定される上記法定期間満了時における要保護性の程度及び矯正可能性に応じて更に一定の期間施設収容を継続しうる場合を認めている。しかしかかる例外的な特別措置が反面において本人の人権に深く係りあう実質を有する点を考慮し、当該判断を司法機関たる裁判所の手に移すと共に、同条八項において、少年院の長に対し裁判所の定めた期間に達した時はその者を退院させることを命じ、これによつて再度の例外措置をとる余地を排除しているのである。そうすると同条二項が予定する「在院者」とは収容期間が法律によつて定められているにすぎない者、より端的にいえば、少年法二四条一項三号の保護処分として少年院に送致され現に矯正教育の対象となつている者のみを指すというべきである。そうではなく「在院者」の意義をより広く解釈するならば、裁判所が個々の事案ごとに具体的に一定の収容期間を定めたにも拘わらず、二三歳に達するまでの間数次にわたつて収容継続を繰返し行なうことが論理的に可能となり、かくては本人の人権の保障に留意して期間を定むべしとした法の趣旨が殆んど失われる結果を生むことになるか、かかることを法が許容したものとは解しえないからである。

ところで戻収容決定は、二三歳に満たない仮退院中の者か、遵守すべき事項を遵守せず、或いは遵守しない虞がある場合に地方更生保護委員会がなす申請を端緒として裁判所が調査、審理した上判断されるもの(犯罪者予防更生法四三条一項)であつて、裁判所は当該決定に際し具体的に収容期間を定むべきものとされている。従つて戻収容決定を受けた者は少年院法一一条一項の「在院者」には含まれないというべきである。もつとも二〇歳未満で戻収容された者については、仮退院の許可が取消され仮退院前の状態に復したのと実質的に異ならないとの見地から、この者に対しては最初から保護処分として少年院送致により在院していた者についてと同じく収容継続をなしうるとの見解もあるが、裁判所は、戻収容を決定するに際しその者の要保護性の程度等を斟酌して二三歳に達する範囲内で自由に収容期間を定めうるのであるから、必ずしも該期間を二〇歳に達するまでと裁定するとは限らず、従つて戻収容決定は仮退院の取消とは異質なものを含んだ新たな処分と見るべきであるし、また、偶々二〇歳を超える一定の期間が定められた場合との間で収容継続の可否につき全く異なる取扱いを認めることは合理性に乏しいといわざるを得ない。

なるほど裁判所の定めた収容期間の後半ないしは終了間近に至つて漸く矯正教育の効果が現われはじめたような事例においては更に収容を継続することによつて保護処分の合目的性を貫こうとする態度も立法論として相当合理性を有することは否定しえないとしても、処遇の具体的妥当性を重視することよりも本人の人格保障に優位を認めた現行少年院法の立場からは上記態度はとりえず、同法五項が規定する特別の要件を充たす場合は格別として(本件はこの場合に当らないこと言うまでもない。)、そうでない場合には戻収容期間の満了によつてその者は少年保護の対象者から除かれ、以後は成人処遇法によつて律せらるべきものと解するのが相当と思料する。なお附言するならば、地方更生保護委員会が戻収容申請をなすについて単に本人の仮退院期間中の行動歴、非行等のみならず前回の矯正教育の具体的実施状況も相当程度考慮した上行なわれているのが実情であるから、申請が認容された場合には過去の施設収容に際して得られた資料、当該本人に個有の処遇方法等を充分活用して早期に教育効果を引き出すべく期待されているというべきであるし、また、裁判所が戻収容の期間を定めるに当つては仮退院後の保護観察期間を加味しこれを何等かの形で明確化することによつて万一の場合に備えて執行を担当する少年院長に裁量の余地を残しておくこと(もつとも少年院長において決定の趣旨を充分尊重し裁量権限を抑制する慣行が形成されねばならないが)等現行少年院法のより円滑な運用を図ることによつて処遇の合目的性を実現しうるものと考える。

以上述べたとおりであるから本件申請は許容しないのが相当と思料されるので主文の通り決定する。

(裁判官 田中宏)

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